心理的安全性ガイドライン(あるいは権威勾配に関する一考察)
はじめに
「心理的安全性」とは、「対人リスクを取っても問題ないという信念がチームで共有されている状態」であるとか、「自分のキャリアやステータス、セルフイメージにネガティブな影響を与える恐れのなく、自分を表現し働くことができること」というような定義がなされています。
心理的安全性という言葉はともすれば、ただ快適で居心地のよい職場という意味にも聞こえます。そのため、ぬるま湯で緊張感のない関係性のことを「心理的安全性が高い」と言うのではないかと考えても不思議はありません。
そのため、友人関係のようにプライベートの時間を長く共有する関係になることが、心理的安全性が高いのだろうと考え、飲み会やバーベキュー、慰安旅行などを企画してみたりとプライベートでも遊ぶ機会を増やそうと考える人もいるでしょう。
いわゆる「アットホームな会社です」とアルバイトの求人記事に書かれているような状態です。こういった求人内容を見た時に、私のようにちょっとひねくれた人は、なんだか不穏な気配がして、そこに申し込むのはやめておこうかなと考えたりします。
プライベートで仲がいいような状態でも、「対人リスク」を感じることや「自分の地位」を脅かされるような怖さはないかもしれません。ある意味で、間違いなく「心理的安全性」が高いのだと言えます。
しかし、その状態が「高い生産性」と本当に関係するのでしょうか。高い生産性につながるような「心理的安全性」と、緊張感のないぬるま湯的な「心理的安全性」にはどのような違いがあるのでしょうか。
私は、そのキーワードの意味をできる限り正確に捉えるために、観測可能な事実を重要視します。「心理的安全性」の意味するところ、それは、チーム中にある個人の関係において、「様々な形で課題や問題についての提起がされる」ということに他なりません。これらを観測することによって初めて、内的な感情というヴェールの向こう側にある事態を知ることができます。
つまるところ、心理的安全性が高いとは、「些細な問題であっても提起される」「多く問題に対して自己主張がなされる」という観測可能なチームの状態を意味しています。もし、「心理的」に「安全」だとあなたが思っていたとしても、自己主張を誰もしない状態であれば、それは「心理的安全」の意味するところとは違うと考えられるべきなのでしょう。
この状態はどちらかといえば、「気後れしない」「生意気な」メンバー同士の闊達な議論の様子が目に浮かびます。これは、いわゆる「仲の良い」という関係よりもお互いに対するリスペクトがありながらも喧々諤々の議論の多いチーム像が浮かびます。
様々な概念がバズワードとして消費されがちな昨今、生産性の肝となる「心理的安全性」はどのように理解すれば良いのでしょうか。
下から上への情報の透明性
心理的安全性が低いチームにおいては、現場で発生した問題や課題はしばしば隠蔽され、意思決定者の耳目に入らなくなります。何が起きているかがどんどんと見えなくなります。
明確に嘘とは言えなくても、小さな嘘のようなものが組織中に蔓延するようになります。
そうすると、経営者はまるで五感を遮断して歩くような危険な状態になります。知っている道をただ走るならそれでも構いませんが、不確実性の時代において、これは自殺行為です。言い換えるなら、「心理的安全性」は、下から上への情報の透明性とも言えます。
ソフトウェアエンジニアリングのチームにおいて、このように「些細な問題」でも報告し合い、「本質的な課題に向き合う」という性質が強く要求されることから、生産性と心理的安全性の関係が導かれるのです。
これらの心理的安全性とソフトウェアエンジニアリングの関係性については、Google のRe:workプロジェクトあるいは、拙著である「エンジニアリング組織論への招待」を参照していただければと思います。
今回は、これらの知見を踏まえた上で、別の角度から「心理的安全性」を構成する要素を洗い出してみるという試みです。
権威勾配(authority gradient)について
さて、些細な問題であっても、報告し、それについて真剣に取り扱うということの重要さを身にしみてわかっている業界は、ソフトウェアエンジニアリングの業界だけではありません。
むしろ、1つのミスが重大な事故に繋がりかねない医療・製薬やパイロットの業界においてこれらの「心理的安全性」に類することへの知見は議論されてきました。
このような業界では、ある二者関係において、この「問題を報告しやすい」という関係性を「権威勾配」としてモデル化してきました。
権威勾配:もともと、飛行機のコックピットの中での機長と副操縦士の関係を表したもので、航空業界で用いられてきた。
マネジメントの評価指針として活用され、二者の関係の勾配が急になれば、大事故につながると考えられている。勾配が急すぎると、ワンマンな運営になって、目下の人からの危険に関する情報伝達が遅れる傾向から判断が遅れ、逆に相対的に上長の権威が弱いと決定が遅れて事故になる確率が高まるという。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%A2%B0%D2%B8%FB%C7%DB
権威の格差が大きいほどに、目下の者から仰ぎ見る仰角は高くなります。この角度の大きさが「物申す」ことが難しいことを意味しています。これらは、単純に職位の違いといったファクターだけではなく、極めて多くの構成要素から生まれます。
このとき、権威勾配は
- 組織構造による関係性
- 組織文化
- 個人の性質的な差異
などに多種多様な要素を掛け合わせることで生まれます。
そのため、権威勾配を小さくし、「心理的安全性」を向上させるためには、どのようにしてそれらが生まれるのかを把握する必要があります。そして、その1つ1つの構成要素に対して改善のアクションを取っていけば、少なくとも明日、今よりは良い状況を作ることができます。
そして、チームがもしn人いれば、O(n^2)の関係性が生まれます。その相互の権威勾配の総計が「心理的安全性の低さ」を示唆しているのだと考えると、「心理的安全性」自体のより明晰な定義や理解に近づくのではないかと考えられます。
権威勾配を構成する変数
心理的安全性について、理解するために「些細なことでも自分の意見を発する」ことの障壁となる権威勾配についての考察を進めて見ましょう。航空会社や医療業界のいくつかのテキストと、筆者の観察してきた様々なソフトウェア開発の現場での知見から権威勾配に寄与しているであろう変数には、次のようなものがあると考えられます。
これらは決してすべてリストアップできているわけではありません。
しかし、多くのチームや職場で目にする最大公約数的なものだと言えるでしょう。
これらは、常に「私」と「誰か」のバイネームの問題です。ある任意の二人が会話をする時に思ったことを言えるのかどうかを決める要因がどこにあるのかを知り、改善していくために使えるように、それぞれについての解説を述べたいと思います。
組織構造による関係性
権威勾配を発生させるもっとも単純な原因は、どのような組織的に与えられたロールとの関係性を持っているかによって決まります。組織の役割には、メンバーの差配を行うことで職責を果たすという目的から、一定の権限が割り当てられます。
この権限があることと、個人的な「偉さ」や「正しさ」とは関わり合いのないことなのですが、コントール権を持つものに対して、警戒感を抱いてしまうのは当然のこととも言えます。
職位の格差
Q.あなたとAさんの職位の差は何段階か?(メンバー < マネージャー < 部長 など)
部長やマネージャーといった職位を持つものと、それを持たないメンバーであるというのは、当然のことながら権威勾配を発生させます。
この権威勾配を減らすための手法としては、率先した自己開示、とりわけ個人の弱さをどのように見せていくのかということが挙げられます。これを「飲みの場」でうまく行える人もいます。しかし、飲みニケーションは案外難しいもので、冷静な判断の効かない自分に対して信頼ができると言う人には向いているかもしれませんが、うまくいかないことも多いでしょう。
どちらかというと、自己開示のためのセッションを設計して、誰かにファシリテーションをお願いするか、ランチミーティングや1on1などを通じて定期的な自己開示を行う必要があります。
自己開示にあたって、自分を取り繕うように「自慢げ」にしてしまうのは問題です。自分がどのように悩み、何を考え、どう生きていきたいのかを着飾ることなく伝えましょう。職位が上になると責任感から、完璧に振舞おうとしてしまいます。正しくあろうとすることが、”権限”を”権威”のように見せてしまうことがあります。
一方、職位の低い方が自らを人質に不必要に高圧的に上司に対してコミュニケーションを取るというケースがあります。これは、転職しやすく求人倍率の高い職ほど起こりやすくなります。転職し、職場を選べる人にとっては職場の権威というのはもののかずではありません。不愉快なことがあれば、転職することチラつかせることもできます。
それゆえ、職位が上の人間は難しい立場に置かれます。権力構造が逆転してしまうのです。これは、従来の職位が上の方が権威を振りかざしてきた環境においては、環境を好転させるための素晴らしい変化なのですが、一方、立場の弱い中間管理職を精神的に追い詰め悪い事態を招くことがあります。
これはジョハリの窓です。自己開示とフィードバックを受けることによって、双方の理解が深まります。このような、サイクルが立場の違いを乗り越えるコミュニケーションの第一歩となります。
部門のオーナーシップ
Q. あなたは相手に依頼する側か?依頼は何部門を経由して行われるか?
業務プロセスの中における上流工程、たとえば「企画部門」に対して「生産部門」「開発部門」といった下流工程側に位置すると思われる部門の間には、業務のオーナーシップがどこにあるのかといった問題から、権威勾配が発生します。
これは職位と同様に強い格差を生み出す可能性があります。職位に比べて問題が大きいのは、職責と一致しないことが多いからです。もし、この権威勾配の発生を防いで生産性を向上させるのであれば、オーナーシップを持つ部門の成果につながる話なので率先して取り組む価値があるように思えます。
しかし、企画部門の1メンバーが、開発チームに対して率先した自己開示やコミュニケーションを通じて、心理的安全性を作るための行動を起こせるかというとなかなか難しいことが多いです。
必要であるからマネージメントしようとする人より、マネージメントする役割だからマネージメントを行う人の方が多いからです。
組織に、部門オーナーシップにかかる問題が頻発するのであれば、設計を見直した方がいいでしょう。一方、個人として対処できることは、お互いを理解する時間を設けて、「〜〜部門の人」ではなく、「個人名」と「その人の性質」から判断するという関係構築を行うことです。
契約形態
Q. あなたは彼/彼女と対等などのような契約か?(同僚 < 直契約 < 間接契約)
上流工程の部門である以上に、対処がしづらいのは、発注側と受注側という関係性になっているケースです。相互により明確な金銭的な契約があり、この契約の決定権がある・あるようにうつっている場合に権威勾配の高さは顕著になります。
また、契約の形態によっては「個々の面談・フィードバック」を禁じられている場合があり、さらに契約が二次受け・三次受けというように多段構造になっている場合があります。このような関係では、対策の幅が狭く、コミュニケーションのパスも間接的になるため、心理的安全性を構築することが極端に難しくなります。
- 一つはこのような状況を抜け出せるようにすること。
- 一つはこのような関係性での信頼関係の構築を意識的に行うこと
が必要です。後者については、
- 一人一人の名前を覚えること
- 名前で呼ぶこと
- 挨拶をすること
- 感謝を伝えること
などをかなり意識的にやる必要があります。これらは、すごく当たり前のことですが、「(会社名)さん」「派遣さん」と呼ぶなど線引きをするような言動や他社の人間として会話をしないといったことをしがちです。
組織文化
組織構造や個人的な性質から生まれる関係は、現実的に改善しきれないことは多々あります。如何に職位の高さがメンバーに対する権威勾配を構成するからといって、すべての人の職責をフラットにしてしまうようなことは現実的でなかったりします。それは責任の所在が不明瞭になりがちだからです。
一方で、ある関係で見たときに同じ関係性であったとしても、たとえば二階級上の上長とのコミュニケーションであったとしても、非常にフラットな雰囲気で行える場合とそうでない場合というのが存在します。
これらは、国家・年代・地域・会社・部門というように多重に社会構造に組み込まれているものがあります。経営層は、このような組織文化の構築・改善を行うことで強い事業組織を育てることができます。逆に、脆弱になりがちな組織はこの文化資本に関しての投資が弱い傾向があります。
ホフステード指数
国家ごとの文化を6つの観点から比較するホフステード指数(https://www.hofstede-insights.com/ )は、国際的な文化傾向の比較をするのに用いられます。職場の文化においてもどのような傾向があるか、類似する基準で見ることができるでしょう。
スコア項目 | 詳細 | アメリカ | 日 本 | 中 国 |
権力格差(Power Distance) | 上下関係の強さ。 | 40 | 54 | 80 |
個人主義(Individualism) | 個人主義傾向の強さ。 | 91 | 46 | 20 |
男性主義(Masculinity) | 男性優位の強さ。 | 62 | 95 | 66 |
不確実性忌避(Uncertainty Avoidance) | リスクテイクしない傾向。新しいものをやらない傾向の強さ | 46 | 92 | 30 |
長期志向(Long Term Orientation) | 短期の利益より長期的な価値を重視するか。 | 26 | 88 | 87 |
快楽志向(Indulgence) | 快楽を求めることを是とするか。禁欲を尊ぶか。 | 68 | 42 | 24 |
権力格差が大きい国の文化圏では、権威勾配が大きくなります。また、個人主義であるほど自己主張がしやすくなるため、意見が生まれやすくなります。男性主義的であると、女性から男性への意見をしづらいと感じる社会であることを意味しています。また、不確実性忌避の傾向が高い国では新しいことや常識の外にあることを受容する力が弱くなり権威勾配が大きくなる傾向があります。
文化的権力格差
Q. あなたの職場では職位を尊称として使うか?たとえば、「〜〜部長」「〜〜課長」など。年少の同僚を「〜〜くん」や呼び捨てするなどの傾向はあるか?
Q. あなたの職場では上長の発言に疑義があっても明確な理由がなければ、反論すべきでないという風土があるか?
Q. あなたの職場では年齢が若い人は年齢が上の人の意見に反論すべきでないという風土があるか?
年齢や権威に対してものが言えなくなる文化が強い場合、実際の職位の乖離を大きな権威勾配へと引き上げてしまいます。上記の質問にあるような上下関係を意識したコミュニケーションが強い文化圏での組織の場合、ちょっとした言葉尻からも権威勾配を生じさせてしまうことがあります。
これらに対する対処としては、年齢や職位を理由にしたコミュニケーションを捉え、減らしていくことです。そして、職位や年齢が下であったとしても「思ったことを意見することは重要」だと伝えていきましょう。
ダイバーシティ・異質性の寛容度
Q. あなたのチームには女性の比率はどの程度いるのか?
Q. あなたのチームには異なる文化圏のメンバーがどの程度いるのか?
Q. あなたのチームは異質な価値観についてどれほど寛容か?
ダイバーシティというと、「女性の活躍」や「外国人」といった文脈を想像しますが、それだけではなく、異なる価値観で生きてきた人たちとどのようにコミュニケーションをしていくべきか知っているということが、様々な意見を取り入れるという土壌を育むことになります。
機能横断型チームの中で育まれた文化圏は、職能型組織に育まれた文化圏よりも多様性に対する受容・包摂が強くなります。たとえば、デザイナーの文化とエンジニアの文化が混ざり合う場所というように。
また、多様性を前提としたチーミングが行われているとき、前提となる文化的背景の違いや、考え方の違いが生まれやすいため、合意点や説明をできる限り明晰に行うという習慣が身につきやすくなります。
こういったことから、「常識と違う考えだから」という理由で、自分自身の考え方が排除されたり、退けられたりしないであろうという関係性が気付きやすくなります。
また、男性優位な社会においては、女性の意見をことさらに特別視したり、軽く見る傾向があります。そのような社会ないし会社で、女性は権威勾配を強く感じます。
このようなことが発生しづらくするためには、
- 自分は女性だからといって意見を軽く見たりするつもりはないこと
- それでもそのように感じたら、自分に伝えてもらうか、別の人に伝えてほしいこと
- 伝えたことで不利になるようなことがないこと
- 自分がもしそのように思わせたら、改善できるように努力すること
などをあらかじめ宣言していくことが重要です。
様々なマイノリティ・多様性に対して、「害意がなくても相手に権威を感じさせる」ことがありうることを自覚し、改善する意思があることを伝えていくことが重要です。
人間ですから、伝え方のミスや無自覚な差別意識が存在することはありえますし、それ自体は仕方なのないことです。問題は、自覚し改善できるようにすることと、フェアネスという価値に対してコミットするつもりがあることを繰り返し伝えることです。
不確実性・変化への恐れ
Q. あなたのチームには直近1年で入社した人がどの程度いるか?
Q. あなたのチームには直近ジョインした人はどの程度いるか?
Q. 何かを決めるときに「今までのやり方」をどの程度重視するか?
多様性とどうように「変化」に対する感受性もまた、権威勾配を生み出しやすい文化的背景になり得ます。たとえば、10年も20年も特定のやり方をしてきた人に対して、別のやり方を提案するのは少し気が引けます。また、相手もなかなか受容しづらいでしょう。やったことがないことをやらなければならないというのは思いの外恐怖を煽ってしまいます。新しいことに対応できるのだろうか、対応できない自分には価値がないと思われるのではないかという意識があると様々な変化に対して、快く思わないという文化が生まれてしまいます。
一方、流動性が高く変化が激しい業界において、去年やっていた仕事と今年やる仕事が変わることは当たり前で、そういった動きがあるからといって、自分の身に危険が及ぶとは考えません。
このような「今までのやり方」を踏襲ようとするマインドがあると、あるゆる場面で意見を求めるということをしづらくなってしまいます。
個人の性質差
個々人がそれまでに過ごしてきた背景や、そこから生まれる性格・言葉づかい、経験の有無などによって高圧的に見えたり、意見を閉じ込めるように聞こえたりすることはあります。
仲介・調整のスキル
Q. あなた/相手は、プライベートでトラブルの仲裁をしたことがあるか?
Q. あなた/相手は傾聴やアサーティブコミュニケーションのトレーニングを受けたことがあるか?
Q. あなた/相手は人と話すことに慣れていて、表情や感情を読み取るのが得意だと思うか?
何か意見を思いついた時に、相手に聞いてもらえるように説明したり、伝えたりする能力の高い人と低い人という個人差は絶対的に生まれます。そのため、何か意見を伝えようとしても伝えられないというもどかしさを感じると、徐々に意見を言わなくなってしまいます。
逆に、相手がうまく聞き出してくれるのであれば、本心や悩みのようなものも拾い上げやすくなります。これは、ソーシャルスキルとして訓練可能なものではありますが、一方で個人的な体験からくる得手不得手はあります。
年齢差
Q. あなたと相手の年齢差はいくつか?
学生時代の悪癖なのか、わずかな年齢差を権力の格差だと錯覚している文化圏の人からすれば、年齢差というのは、大きな権威勾配を生み出します。また、10年も20年も年が離れると世代間の感性のギャップなどから自然と会話する量が減ってしまうといった現象も考えられます。
しばしば、誤解されがちなのですが、「敬意を持って接する」ことと「インナーサークルから排除する」ことは異なります。気を遣って、年齢差のあるメンバーを何かの同僚間のイベントに誘わなかったり、コミュニケーションに壁を設けたりするのは、それは単なる排除であって気を遣っているのとは違います。
ジェンダー・性差
Q. あなたと相手は異性同士か?
Q. あなた/相手はLGBTなどのセクシャルマイノリティか?
女性の社会進出が先進国の中で遅れている日本において、ジェンダーや性差による権威勾配は、思ったよりも深刻なものです。それはLGBTなどのセクシャルマイノリティから見ればなおさらです。
内向的・外向的な性格
Q. あなた/相手は内向的な性格か、外交的な性格か?
内向的な性格の場合、自分の感じた違和感を探り当て、それがなんであるかはっきりと理解できるまで、そのことを誰にも伝えないという傾向があります。慎重であるという美徳ではあるものの、一方で、ストレスや違和感を感じてもなかなか伝えられないということがあります。
職務経験
Q. あなた/相手は権威勾配を強く感じる職場での経験をしてきたか?
Q. あなた/相手は異なる業界慣習で職務経験を重ねてきたか?
これまでの職務経験において、自己主張することや思ったことを伝えることを抑圧されている場合、新たに自己主張をしても良い会社にきたとしてもなかなか発言できないということがあります。
客先常駐型で、マネージメントをあまり受けていない場合、自己主張するよりも黙々と作業していた方がトラブルに巻き込まれないという知恵を身につけてしまい、どこから伝えて良いもので、どこから伝えてはいけないものなのかという判断が鈍ってしまいます。
また、異なる業界から転職してくると、業界慣習を理解するために違和感を感じても一定期間は別の世界の常識を取り入れようとするため、意見を言うよりもむしろ業界慣習の理解に徹すると言うことも考えられます。これ自体は悪いことではないのですが、様々な業界で考えれてきた知見を現在の職場に当てはめる時にどのような問題解決ができるのかという視点まで失ってしまうと発言する機会がどんどんと失われてしまいます。
対策として、どんな仕事をしてきたか、どんな立場だったのか、今はどこが違うと思うのかなどを共有していくと徐々に互いに自分の考えを伝えれるようになっていきます。
個人的経験
Q. あなた/相手は家族や学校などから抑圧的に育てられたか?
Q. あなた/相手は権威や権力を笠にきた誰かに理不尽な精神的・肉体的暴力を受けたことがあるか?
性格とも職場経験とも関連していますが、なかなか原因を特定しづらく、また改善が難しいことが多いものが極めてプライベートな経験によるものです。何か問題を発見しても怒られたり、意見を言うと抑圧されたりすると言う幼少時代を過ごしてしまうと、そのことが心理深くに突き刺さっていて、何かを伝えようとすると動悸が強くなったり冷や汗をかいてしまうと言うことがあります。
そこまででなくても、誰かに何かを言うと「嫌われてしまうのではないか」「見放されてしまうのではないか」など不安にかられてしまい、思考が空転すると言うこともあります。
これらは、同じく個人的な経験から書き換えられることも多いのですが、外部から改善することが難しいことでもあります。たとえば、カウンセリングやメンタリングなどを通じて徐々にこういった個人的な体験によるものだと言う自覚をしていくなどの改善方法が考えられます。ここからはプロフェッショナルの領域になるかと思うので、マネージメントはそういったことを勧めてみるくらいまでができることでしょうか。
あまり、それら個人的な体験自体に深入りせずに、自分の意見を付箋に書き出すという時間を作ったり、文章でまとめてみると言うトレーニングを繰り返しながら、自己主張をしやすくするといったことのほうがうまくいくことが多いです。
健康状態・疲労状態
Q. あなた/相手は健康な生活を続けるのに強い不安を感じているか?
Q. あなた/相手は過度なストレス・疲労や環境変化(結婚などの幸福なイベントも含む)が近々にあったか?
権威勾配の実際的な大きさは、二者間において固定的なものであると言うよりもむしろ、健康状態やストレスといったその場その場で大きく異なるものです。
疲れていそうな人に厳しい意見を言うのはやめておこうと考えてしまうのも人情ですし、その逆に疲れている時に意見するのは大変疲れます。ストレスは人を怒りっぽくさせたり、無意識のバイアスを暴露しがちです。
このストレスの中には、不幸なイベントだけでなく、結婚などの一見ポジティブなイベントによっても引き起こされます。
たとえば、「結婚したんだから、しっかりと家庭を守るんだぞ」と上司に言われたあとでは、改善の指摘も遠慮がちになったりするものです。
難易度を知り、対処する
このように心理的安全を脅かす「権威勾配」についての論点を見ていくと、「こんなものすべてに意識をしてコミュニケーションするなんて不可能だ」とか「気にしすぎて何もできない」と感じてしまう方もいるかもしれません。
本稿の目的は、1つ1つの要因について知ることで、ある二者の関係構築がどのような難しさを抱えているのかを理解することです。そして、難しさの程度と個別の対処方法さえ理解してしまえば、いきなりは無理でも少しづつ良い状態を目指すことができます。
注意しなければならないのは、すべての摩擦や権威勾配をゼロにすることはできないと言うことです。
しかし、難しい状況であっても明日の方が昨日より良いと言えるように何ができるかがわかっていれば、問題はありません。そのためのガイドラインです。
同調圧力・社会的排除
これまでの議論で、心理的安全性を構築するための要素に:
- フェアネス
- 透明性
- 多様性
- 社会的包摂
といった自由主義社会を構成する基本要素と重なり合う側面が大きいことがわかるかと思います。調和を大事にする日本社会という言い方をしては、このことはなかなか見えてきづらいのですが、「同調圧力の強さ」というのは、つまりは異なる常識を持つ人々を社会的に排除するということです。
つまり、リスクをリスクであると声を上げる人を排除してしまうことが「同調圧力」を形作ります。これは、権威勾配と同じものだと言えます。
責任と心理的安全性の四象限
本稿では、「心理的安全性」をつくり上げるために、「権威勾配」と言うパースペクティブから、改善のためのガイドラインを導くものです。
「エンジニアリング組織論〜」でも述べていることではありますが、心理的に安全であると言うことは、「物を言いやすい環境である」ということを意味しています。一方で、「何も言うことがない」のであれば、言いやすくても何も改善はしていきません。これをコンフォートゾーンと言います。
ちょっと耳の痛い改善をやっていこうと話し合いができるのは、チーム全体が心理的安全性だけでなく、事業への共感やミッション達成への責任感を持っているからに他なりません。
一方で、責任感はあってもフラットに意見を言い合える関係でなければ、不安に感じてしまい、どんどんと疲れてしまいます。これが不安ゾーンです。
この心理的安全性と責任の四象限において、どのように「ラーニングゾーン」に導いていくかがチームの生産性が向上するための必要条件だということも忘れてはいけないでしょう。
おわりに
本記事は、モチベーションクラウドアドベントカレンダーの11日目です。モチベーションクラウドの開発チームは、現在社員とパートナー企業、フリーランサーという混合チームで開発を行っています。僕自身も組織構築の支援という形で参加しています。
国際色も多様で、女性のエンジニアやデザイナーも一定比率います。アドベントカレンダーに参加し、知見をシェアするという組織文化が生まれつつあります。心理的安全を構築する上での難しさを乗り越えながら、日々けんけんがくがくの議論ができるチームになってきています。
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